学園と寮での生活について綴った日誌
性的ヒーリング

「ああ、疲れた!」



ソファーに体を勢いよく預ける。
タイを緩めると体から疲労と解放感が噴き出した。
もう自分の力では一歩も動きたくない。



「ヘンリー、オレンジピールティー!!…は散々飲んだからもういい。
 アルコールがいい、何か白ワインを見繕って持ってきてくれ。
 ああ、あまり軽いものは持ってくるなよ?
 コクがあって余韻の長いもの…
 そうだな、コントーバンかシャサーニュ・モンラッシェあたりがいい。
 この机を蹴り上げたくなるような、歓喜なのか汚辱なのか愉快なのかわからない今のような気分にはピッタリだろうからな!
 …ヘンリー、聞いてるのかヘンリー!!」



ともすれば暗転しそうな意識に逆らって瞼を持ち上げる。
そこが寮の自室であると気付いたのはその時になってだった。



「……チッ」



誰が聞いているわけでもないのに、誰にも聞こえないような舌打ちを小さく一つ。
リオンドールの自室に比べれば随分小さいはずなのに、誰もいないこの空間を今は持て余している気がした。



首を傾けて視線を窓の外にやる。
華やかな喧騒に溢れかえっていた中庭も、今は夜の静寂に包まれていた。



「それにしても…よくもまぁあれだけの人が集まるもんだな」



花になる者、それを愛でる者、それを値踏みする者、
花を大きく見せて風評に乗せる者…思惑はそれぞれながらそこは大人達のそれに劣らぬ、立派な社交場だった。



「フン…これから先の僕の人生、ずっとこんな環境が続くんだよな…。
 退屈しないかな…?いや、これも名家の定め…かな」



先程より強く重く、疲労が全身にのしかかる。
その重さに思わずソファーに体を横たえた。



「そうだよな…ル・シュバリエ・デュ・リオンドールは…ドーソン伯爵家は……名門中の名門だからな……
 それくらい、できて当然だよな…」



視界が薄く狭くぼやけていく。



「ハハ……アハハハハハ………」


自嘲の声が力無く漏れる。
意識は再び暗転の幕をゆっくりと下ろし始めた。



「でもまぁ……今日のような出会いがあるんだからなぁ…!」



体の奥底から湧き上がる高揚感に自然と笑みがこぼれる。
閉じるまであと数センチという所だった意識のカーテンは力任せに剥がされた。



「メレディス・ペルセフォネ・ローレンス…
 いやぁ、世の中はまだまだ広い!
 ローレンス伯爵にご息女がいたとは初耳だったが…
 こんな場所であれほど可憐な花に出会えるとは…
 クク、父親が溺愛して隠しておきたい気持ちもわかるというものだね。
 しかしこれからもこんな素敵な出会いが続いては僕の身がいくつあっても…
 いやいや、まずは目前のメレディス嬢に全力を注がなくては…
 そうだ、そうと決まればヘンリーにローレンス家の事を調査させてみるか…」



すっかり身軽になった体を起き上がらせ、僕はヘンリーに手紙を書くべく机に向かった。
00:11 (27ago)サリヴァン - -
無罪モラトリアム

「アンゲルブレシュト、ローレンス、ソルヴェーグ…
おっと、フフ…それにカルニセール…これはまたそうそうたる面々だな。
 まぁ、第一寮エディントン主催のティーパーティーともなればこれくらいは当然か」




校内にある図書室の一角、机に足を投げ出して僕は書類を眺めていた。



ここキングス・カレッジ・オブ・ヘイスティングスでは
年間を通して大小様々な行事が開催されるが、
他校の生徒達や関係者を招いてのティーパーティーもその一つである。




そしてこのティーパーティーは伝統的にその年の監督生が取り仕切る事になっていた。



「ましてや名家…そして才幹豊かな者達が集められた僕達の寮が主催ともなれば…
 必ず成功させなくてはいけない…しかし……」



書類の束の中から一枚のリストを取り出して宙に掲げる。




そこに記されていたのはザ・ロイヤル・スクール・オブ・ウエントワースから
招待される予定の女生徒達の名前だった。



「可哀想になぁ…」




表向きは和やかなティーパーティー…
だがそれも一部を除いての事。
彼女達のようなきらびやかな称賛を浴びるに相応しい名家のご息女は、
もうこの時点で品定めを受けているのだ。



曰く、名家に嫁ぐは栄達を。
曰く、富豪に嫁ぐは財貨を。
曰く、続柄に嫁ぐは相和を。



それを彼女達自身が決める訳ではない。
ただ命じられるがまま、名声のため、富のため、縁故のため、
保証のため、担保のために売られていくのだ。



彼女達の感傷は置き去りにされたまま。



「だから…ふいに訪れた茶会で過ちの一つや二つ犯したとしても…
 だーれも彼女達を責められないよなぁ」



椅子から跳ねるように起き上がる。
当然、口の端は上がっていた。



「それにこの僕自身も品評を待つばかりの憐れな名家の子息…。
 おまけに『あの』ソーンダイクのおかげでランディに声をかける事もできない悲しき失恋中の身…。
 これはいよいよ憐憫を受けてもだーれも僕を責められないよなぁ」





こんな不憫な僕にできる事はこのリストの写しを学園長やミス・ラファネルに届けることぐらいだが…
そんな大役は視界の先にいる――
おそらくソーンダイクあたりに頼まれたのであろうが――
大量の辞書を運んでいる友人に委ねることにしよう。



これくらいの事なら、猿でもできることだし、な。
14:29 (27ago)サリヴァン comments(0) trackbacks(0)
雲路の果て



「監督生がこんな事してる現場を目撃されたら…例えばそう、学園長あたりが見たら何て言うかな?」



とにかく規律に厳しいこの学園。
即、監督生の称号を剥奪されるか?
その程度で済むものか?停学…はたまた懲罰という事もありえるか?
そうなったとして、父は僕を見離すだろうか?
それとも、あらゆる手段を講じて学園に圧力をかけるだろうか?



あるいは…学園長も同じ男だ。
若気の至りと大目に見るか?
今は厳格な男と見えるが、彼にも奔放な過去があったとすれば案外共感を抱くのではないか?
もしくは名門校としての体面と規律を守るため、厳しい処置を施すか?
彼には築いて間もない家庭がある。彼の器は生徒一個人のためでなく、妻や地位といったものに向けられるのではないか?



「………ハッ」



口元が緩む。
心拍が微かに高鳴るのを感じる。
僕の悦びがそこにある。



たとえば僕が今夜取った行為が露見したとしよう。
始めは細い源流だが、やがて多数の人間を巻き込む支流を生み、結末の海へ注ぐだろう。
僕を取り巻く様々な人間の渦。
僕は渦の中心にはいない。
僕はどうしようもなく、自分自身を渦に投げ入れ、巻き込まれていたいと願うのだ。
今夜の事は、また新たな渦を作ってくれるかもしれない。
だけど…



「足りないナァ…」



上弦の月を見上げる。
月が最も高く上る時間。
しかし地上にいるより随分と近く感じた。
勿論、就寝時間などとうに過ぎている。
そして僕は今校舎の屋根にいた。



「ランディに初めて出会った時の高鳴りには、程遠い」



この夏休みに学園に残ると決めたのはまったくの気まぐれだったが、幸運にも太陽の名を知ることができた。
そしてソーンダイクとの再会。彼を初めて見たときも殊の外、心が高鳴ったものだ。
面白いものでそんな大きな渦が二つぶつかると新たな潮流を生む。
事態は僕の思惑をよそに、いささかおかしな方向へと進み始めていた。



「太陽を掴むつもりで、月を手に入れたと思っていたが…」



彼の妖艶で鈍く光る魅力は月のようだと思った。
が…月というならソーンダイクと同室の彼、ヴァルトエックの方が近いだろう。


月明かりが陰る。
徐々に闇が深まっていく。



「フン…お前はアレだな」



すっかり月を覆ってしまった、黒く厚い群雲に恨めしく視線をやる。
鈍く柔らかく降り注いでいた月光は、一つ残らず雲に遮られてしまった。
そうだ…太陽も、月も、お前は全てを自分の中に閉じ込めてしまわなければ気が済まないのだろう?



「欲張りなことだな…」



だが…一所には留まれず、すぐ形を変えてしまうのもまた雲だ。



「いつまで傍らにいられるかな…?」



未だ月を覆い隠す黒雲に興をそがれ、僕はエディントンへの帰路に着いた。

23:46 (27ago)サリヴァン comments(0) trackbacks(0)
reaching out to catch the sun



そうだ―


僕は今―


太陽を掴んでいたんだ




「…オマエが視界を遮るまではな」



視野が薄暗く曇る。
眠っていたのか、眠ろうとしていたのか。
まだ混濁としている意識の中、左手で顔を覆いながら恨み言を吐き出す。
太陽を掴むために伸ばしていたはずの右手は、今は目前の相手にしっかりと握られていた。



『立ち上がるのに補助が必要なの?女の子みたいだね』



デリカートで穏やかな声が降り注ぐ。
…ああ、わかったよ。まったく、どうしたらその顔と声でここまで居心地の悪い空気を作れるんだ?
右手を振り払い、視線を合わさず無言で立ち上がる。



『中庭で昼寝なんて珍しいね、サリヴァン』



その声を無視して空を見上げる。
すぐに目が眩み、陽光を遮らずにはいられなくなった。
右手を翳し、掌中に太陽を包み込む。


…やはり夢だったのだろうか。
太陽を手に入れる夢。
だけどこの手に掴んだ時。
今まで感じた事のない充足感が胸を満たした。
世間では絶世の美女と謳われる令嬢と過ごしたあの一夜も、学園中一・二を争うと言われる名門家の息女を捨てたあの時にも味わえなかった充足感。



味わってみたい。
鮮明な意識を保ったまま、もう一度、あの充足感を。



「なぁイアン、今この辺にさ…」



なぜか幼いころからそうだった、彼の深遠な双眸を見つめる。
そうしていると自分が今問いかけようとしている内容はとても馬鹿げている事に思えた。



「太陽…いなかったか?」



ブルーの瞳が大きく見開く。
それを見て僕の口に自嘲の笑みが漏れた。
それはそうだ。僕だってイアンに同じことを問われれば、同じ様に怪訝な眼差しを向けるだろう。



「いや、なんでもない。忘れてく…」



幼馴染の貴重な表情が見れただけ良しとしようか…
そう思っていたその時。
視線の先に…太陽がいた。



そこには5名ほどの団体が話などしながら賑やかに歩いていた。
この学園のどこにでもいそうな仲良し達…しかし明らかに他のそれと違うのはこの仲良し達はその中の一人を中心に輝いている事だ。


ひき付けられる…その一挙手一投足に魅了されずにはいられなかった。気付けば周りにいる生徒達と同じ様に、僕も太陽に呑込まれていた。



「イアン、あれって…」



『え?』



呆然と立ち尽くす僕の目線を察してイアンが後ろを振り向く。
しかしその時にはもう、団体は校舎の中に消えていき、出入りする人並みの中に埋もれていった。



『…どうしたの?……?…サリヴァン?』



イアンの声が素通りしていく。僕の体に入る隙間がないからだ。



「あぁ、なんでもない…」



足のつま先から高揚感に満ち溢れて、なにも入ってこれないからだ。



「なんでもない……ハハッ!!」



握り締めていた右手をゆっくりと開き、目線を落とす。
再び太陽を掴んだ時、またあの充足感が味わえるのだろうか?
それとも…


「それとも…この手が焼け爛れてしまうかな…?くく…」



身を焦がすがゆえの快さか。
身に余るものへ挑む楽しみか。



どちらにしろ、それはまだ僕の知らない快楽なのだろう。

11:57 (27ago)サリヴァン comments(0) trackbacks(0)
それがなきゃ意味がないだろ?



追われていた―


もはやこの世界には安全な場所なんてどこにもない


いっそ観念してしまおうか

そうすればきっと悲鳴をあげるこの躰に
最低限必要な酸素と僅かながらの休息を与えることができる


甘やかな誘惑に身も心も委ねてしまいたくなる衝動

なにせ痛いのは嫌いだ


だから・・・

いいや、ダメだ!
自分にはまだこの世を謳歌する権利がある
このつまらない逃走劇の果てには
快楽に彩られた輝かしき未来が手招きしている
もちろん絶世の美女付きで・・そうだろう?


窓の向こうに見える雲一つなく晴れ渡った青空と
陽光を浴び黄金色に光り輝く階段

そう、これは未来へと続く希望の道

疲れ切った体に鞭打って一気に踊り場へと駆け下りる

纏わりつく熱気に滴り落ちる汗を拭い
時折吹き抜ける一陣の爽風に涼を取りながら


大丈夫、まだ走れる
そうだ、諦めるな!
サリヴァン・ブラッドリー・・


『ドーソン先輩!!』


・・最後まで言わせろよ

勢いがついた反動で一瞬よろめきながら足を止め
恨めしく階下を見下ろす


・・げ


――虎がいた

その普段は美しいであろう顔を怒りに歪め
何やら早口で喚き散らしている

その言葉の全てに身に覚えがないとは言わない

が、しかし・・
誰だ?
これが希望の階段なんて愚かなことを言っていたのは

視線を落として人知れず階段に悪態をついてみる

どうやらここは人災につき期間通行止めのようなので
別の道を探す事にしよう

踵を返して二階を見上げる


・・げ


――狼がいた

階下を見下ろす冴え冴えとした美しい眼差し
言葉こそ発しないものの腕など組んで見事なまでの貫禄だ

・・いやぁ、足速かったんだなぁ


『はっきり決めなさい、サリヴァン』


凛と空気を震わすその声は力強く確信に満ち溢れていた
きっと予想する未来には『想定外』など存在しないのだろう

ああ、有無を言わせぬその声・・その声に抗ってみたかったんだ


『ドーソン先輩…!』


幾らか自信なさげに響く弱々しい声が階下から近づいてきた
声とは裏腹にその双眸に宿る光は剛直で純情な意志を示している

そう、その瞳をいろんな表情に変えてみたかったんだ。


階段の上下からゆっくりと、だが着実に縮まる距離
その歩みにあわせて少しずつ後退りする

後ろ手に触れた手すりのひんやりとした硬質感―


「ハハ、じゃあ…」


『じゃあ!?』


二人の声が重なる

惜しむらくも選択の時が来たようだ


・・だから、痛いのは嫌いなんだけれど


「二人ともいらない」


飽きちゃったから

手すりを掴んだ右手を支点に体を反転させ思いきり地を蹴る

飛び降りる瞬間、ちらりと横目で彼女達を追おうと試みるが
残念ながら視界は手すりに埋め尽くされその願いは叶わなかった


次に口を開いた時、あの声は僅かにでも上擦るのだろうか
次に瞬きをした後、あの瞳は憂いをおびて翳るのだろうか

地に足を着けるまでの刹那、そう考えて口元が緩んだ

19:19 (27ago)サリヴァン comments(0) trackbacks(0)
CALENDAR
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>
PROFILE
NEW ENTRY
CATEGORY
MOBILE
qrcode
ARCHIVE
LINKS